外傷予防とは
- 1.人から傷つけられない力
- 2.人を傷つけない力
- 3.自らを傷つけない力
- 4.傷ついた人を助ける力
突然の事故によるケガや病気で救命救急センターに運ばれてくる若者たちの中には、「予防」という知恵を持っていればケガをしないで、或いはより軽症で済んだはずの人たちもたくさんいます。
長い人生の前半で大きな事故や病気に遭わないために、イザという時にあなたの身近にいる人たちを救う力を身につけてもらうために、将来起こる可能性のある望ましくない事態に対して事前に「予防」の知識や心構えを知っておくことが重要です。
- 一次予防:ケガをしないための能力を身につける学習活動。
ケガの原因となりうる危険因子を取り除き環境を整えることも含まれます。 - 二次予防:ケガの早期発見と早期治療。
ケガの多くは、急激に起こることが多いので、初期の手当てがとても重要です。 - 三次予防:ケガの治癒を続けること、合併症を予防すること、社会復帰の促進。再発を予防することも含まれます。
ケガのことを私たちは、現時点で外傷と呼んでいます。現時点と断ったのは、どの言葉を使ったら、「ケガの予防」に対する本質を理解してもらえるか、まだはっきりしていないからです。英語では、Trauma (and) Injury Prevention(予防)という言葉を使っているところもあります。私たちは、すべてのケガを予防することも大切と考えていますが、死に繋がるような、障害が残ってしまうような重大なケガをしないようにするには、どうしたらよいかに活動の焦点を当てています。その意味では、小さなケガを予防することが、大きなケガを予防することに繋がるかもしれません。小さなケガをすることで、重大なケガが予防できるとしたら、小さなケガをすることが重大なケガの予防に繋がるかもしれません。
一般に、外傷は外部エネルギー(刃物が刺さったり、重たい物にぶつかったり、熱湯や極低温など)による身体組織の損傷を意味しますが、PTSD(Posttraumatic stress disorder: 心的外傷後ストレス障害)のように、心のケガも含まれます。
骨折や捻挫、切傷などで、体の組織が壊れると、炎症反応が起こります。それは、生物としての人間が、外環境の変化に対して、身体内の環境を一定の状態に保とうとするホメオスターシス(恒常性)の機能を有しているからです。打撲による内出血や切創ができると痛みを感じて、その部位の異常を知らせるとともに、体を動かさないようにしたり、ケガの部位を無意識に守ろうとします。次に、血管が収縮し、血小板が出血部に浮遊してきて凝固系(血液凝固因子)反応が活性化します。やがて、腫れが生じますが、治癒が促進すると腫れが落ち着いてきます。
こころにもホメオスターシスがあります。心が安寧な状況では、心的ストレスを感じることはありませんが、突然の悲報などの悲嘆を体験すると危機的状況に至ることがあります。言われたことが理解(了解)できない、言われたことは聞こえるがその意味が理解できないなどのショック期という時期を経て、怒りや取引、抑うつの時期が続くと言われています。地震や津波などの災害にあった場合、目の前に危険が迫っているのに、その危険を認めようとしなかったり、被害にあっているのに大丈夫と考えて、支援を断ったりする「正常化の偏見」という心の反応が現れることがあります。
多くの事故で、ケガをさせた人は自らの責任を認めることに抵抗を感じます。自己の非を認めることは、自己否定に繋がると無意識に考えてしまうためかもしれません。
一方で、ケガをさせられた人は、更なる脅威から自らを守ろうとします。痛みにより、普通でないことが起きていることを感覚として知覚します。泣いて助けを呼んだり、怒って防衛したりもします。私たちは、人と人がこのような不幸な出会いで知り合うことがないように、知人や友人、家族や大切な人たちが不幸な関係にならないように、外傷予防の活動をしています。
Accidentには「不慮の事故や出来事」あるいは「思いがけない事故や出来事」というニュアンスが含まれています。しかし、Accidentとして使われている交通事故や転倒、打撲など、日常生活の中で遭遇する「事故」は、予期することができないことばかりではありません。おそらく、事故に会うまでは、予測できなかったことかもしれませんが、事故にあった後に「原因と結果」が見えてくると、「なぜあの時に…」と考えたりします。
外傷予防の活動を積極的に行っている北米やヨーロッパ、オーストラリア・ニュージーランドでは、Unintentional(故意ではないが、予防はできる)を使うように勧めています。Intentional(故意の)Injury(ケガ)は、戦傷・戦死や自傷・自殺、意図的傷害や虐待などを意味します。
私たちの未来を予測する能力は限られていますが、知恵と経験、五感を駆使して、信念を持って探求すれば、未来を見間違うことは少なくなると考えます。
夜の後に朝が来るように。
平成25年に障害者基本法が改正され、わが国は、平成26年より国際連合の障害者権利条約の批准国となりました。
障害者基本法の前身は、昭和45年制定された心身障害者対策基本法です。その第2章で、心身障害の発生の予防に関する基本的施策として、国及び地方公共団体は、心身障害の発生の原因及びその予防に関する調査研究を促進しなければならないこと、心身障害の発生の予防のため、必要な知識の普及、母子保健対策の強化、心身障害の原因となる傷病の早期発見及び早期治療の推進、その他必要な施策を講じなければならないことを定めています。
平成5年に心身障害者対策基本法は全面的に改正され障害者基本法になりました。第3章には、障害の予防に関する基本的施策として、国及び地方公共団体は、障害の原因及び予防に関する調査研究を促進しなければならないこと、障害の予防のための必要な知識の普及、母子保健等の保健対策の強化、障害の原因となる傷病の早期発見及び早期治療の推進、その他必要な施策を講じなければならないことを定めています。平成16年6月の大幅改正では、第3章が、障害の原因となる傷病の予防に関する基本的施策と変更になりましたが、国及び地方公共団体は、障害の原因となる傷病及びその予防に関する調査及び研究を促進しなければならないこと、障害の原因となる傷病の予防のため、必要な知識の普及、母子保健等の保健対策の強化、当該傷病の早期発見及び早期治療の推進、その他必要な施策を講じなければならないことは継続されました。
このように、心身障害者対策基本法から障害者基本法まで、傷病の予防の重要性は、常に取り上げられてきましたが、わが国では外傷予防に関する調査と研究は諸外国と比較して遅れています。さらに、傷病の予防のために必要な知識の普及や早期発見及び早期治療の推進の研究を行っている研究者は、さらに限られています。
現在、P.A.R.T.Y Iseharaと交流している団体に、特定非営利活動法人 日本脳外傷友の会(代表:東川悦子理事長)があります。日本脳外傷友の会は、高次脳機能障害の方々とご家族を中心とした会で、高次脳機能障害の方々の社会参加やリハビリテーションの普及、社会認知を積極的に促進する活動しています。また、脳振盪に起因する脳障害の予防活動を推進しています。
NPO法人 脳外傷友の会・ナナ(大塚由美子理事長)は、P.A.R.T.Y Iseharaの発足当時から、外傷予防の重要性に賛同していただき、外傷予防教室で高次脳機能障害の方々の生活と生きづらさについて、講義をしていただいています。
今日の「外傷予防への取り組み」は、交通外傷やスポーツ外傷、労働や自然災害など、状況(原因)別に分類され、「外傷予防」そのものには焦点が当てられてきませんでした。一方で、職場や学校、地域、社会など「場」の安全を脅かす出来事やリスク(危険)に対しては、危機管理という考えが広く用いられていますが、危機管理には「予防対策と事後対策」が含まれ、財産や社会的地位の喪失など外傷以外の問題も含まれています。
私たちは、「外傷予防」そのものに焦点を当てた取り組みを続けてきましたが、医療者をはじめ多くの人たちは、「不慮の事故としての外傷は予防できない。」と考える傾向が色濃くあります。 外傷予防行動に結びつく重要な能力には、コミュニケーション能力、危険認知能力、意思決定能力、俊敏性を伴う運動能力、危機管理能力などがあると考えられますが、いまだ全体像には未知の部分が多くあります。